● 8月13日(日):オアハカへの旅路はさらに遠く果てしなく

◇午前3時に起きる.日録を書いたり,メールを見たり(日本にいようがいまいがぜんぜん生活が変わらない).外気温はぐっと下がっているようで,体感的には15度くらいではないか.日本とはまったく別天地だ.午前6時を過ぎてやっと明るくなってきた.サマータイム設定のせいかもしれない.

 長短取り混ぜて時差のある地域をはしごしていると,時差ボケなんだか,単に疲れているのだかよくわからなくなる.いずれにせよ,旅先では太陽光を浴びて体内時計をリセットするようにしている.だから,ぼくの場合にかぎって言えば時差ボケで苦しんだことはない(と勝手に思っている).

◇今日は午前10時40分発のメヒカーナ〈MX971〉便に乗る.出国に時間が取られる可能性があるので,3時間前にはSFOに入ってチェックインするようにしよう.朝食も空港に着いてからだな.

◇午前7時過ぎにホテルをチェックアウトする,シャトルバスでSFOの国際線ターミナルまで送ってもらう.巨大な空港だ.体感的には10度台の気温だろう.すでにチェックイン・カウンターが開いていたので,スーツケースを預け,搭乗手続きをする.これで身軽になった.あと3時間もあるので,また空港内を徘徊する.SFOは空港内にミュージアムをもつ珍しい(ただひとつの?)国際空港と聞いている.そのせいか,方々に展示品が陳列されていて,この日も民俗資料のようなものがガラスケースに並べられていた.

◇〈Hudson Booksellers〉にてサンドイッチの軽食(重かったけど)とともに,新刊棚をブラウズする.Daniel C. Dennett の新刊(宗教が進化的産物であるという)と Simon Schama の歴史書(当然部厚かった)を横目に,メキシコの国民的画家 Frida Kahloの伝記を買う:Hayden Herrera『Frida : A Biography of Frida Kahlo』(1983年刊行[2002年復刻],Perennial,ISBN:0-06-008589-4).500ページを越える本だが,伝記の好きなお国柄では大著ではないのかもしれない.

 昨年の春,メキシコ・シティーに初めて来たとき,ベニート・ファレス国際空港内の書店にフリーダに関する本や画集がたくさん並んでいたことが印象に残っている.たまたまペーパーバックでのリプリントがあったので買うことにした.機中用そしてオアハカ用ね.と言いつつ,旅行中に読む本はすでに何冊も持参してきたので,読み切れないことは確実だ.しかし,こればっかりは病気みたいなものだからしかたがない.

 海外に出れば本は増える.滞在地によってはかの地から郵送するはめになることも少なくない.オランダのライデンに行ったとき(1999年の Hennig Meeting)では,オランダ語の大辞典(Van Dale)を合計7冊も買い込んだので,郵便局に行くまでが一苦労だった.しかし,今回のメキシコ行では帰りのスーツケースに詰めればすむだろう.

◇厳しい厳しい手荷物ならびに身体検査をすませて出国する.US-Visit システムでまたまた指紋と画像を登録し,レシートをもらう.指定されたメヒカーナ便のゲートに降りたのだが,出発間近だというのに何の動きもない.しかたがないので,上のレストランでカンタループ(cantaloupe)の生ジュースを頼んだら,メロンのようでとても美味だった.

 さすがに動きがあるだろうとゲートに戻ってみたら,何も事態は変わっていない.メヒカーナ〈MX971〉便は10時40分の出発だが,10時半になっても搭乗が始まらないというのは何かトラブルがあったのだろうか.11時前になってやっと搭乗が開始となり乗り込んだものの,その後も何やらかにやらスペイン語の放送があって謝っているようだが,飛んでくれないことには話にならない.

 結局,ほぼ1時間遅れの11時半に離陸とあいなった.それとともに,中継地であるメキシコ・シティーのベニート・フアレス国際空港での乗り継ぎが不可能になったことも確実になった.当初の予定ではメキシコ・シティーでの乗り継ぎ時間は1時間しかないことがわかっていた(現地時間で17時に到着し,オアハカ行きの国内線は18時離陸する).航空券を公費発注したのがもともと出張の直前だったせいもあり便の変更が無理なのは明らかだったが,それ以上に無理なのは,ベニート・フアレスの国際線ゲートから国内線ゲートまでの2キロを歩き遠し,しかも途中に入国審査やら何やらを経由し,さらに国内線での手続きまでも1時間以内ですませろということだ.メキシコシティーの空港は巨大で,しかも“徒歩”以外に移動手段がないので,アメリカからの到着便が着く国際線のはしっこのゲートから,メキシコ各地に飛ぶ国内線へのゲートまでひたすら歩くしかない.

◇当初のフライト・プランをもらった時点ですでにムリっぽいことはわかっていたので,SFOの離陸が1時間遅れた時点で覚悟を決めた.4時間のフライトの後,メキシコ・シティーに着陸した時点でもう6時をまわっていた.ダメダメ,ぜーんぜんダメっす.オアハカ行きのメヒカーナ〈MX225〉便は定刻の離陸をしてしまっていた.はい,さよーならー.

 ということで,国内線のメヒカーナのブースに行って,ひたすら「Por favor!」を連発してフライトの変更をしてもらった.次のオアハカ行きは3時間半後の午後9時25分発〈MX227〉便に決まった.オアハカ国際空港に着陸する予定時刻は10時25分.紆余曲折はあったが,何とか今日中にたどり着けそうだ.

◇直面した大きな問題が解決すれば当然腹が減る.国内線の待ち合いホールBにはたくさんの店がずらっと並んでいた(国際線とはぜんぜんちがう雰囲気だ).〈100%natural〉という店でパパイヤ主体の「カンクン・ジュース」と軽食を注文する.付け合わせのピクルスかと思って口に放り込んだのが,暴力的な辛さのトウガラシで,一気に目が覚めてしまった.そうだ,ここはもうメキシコなんだぞ.

◇午後8時頃に,雷鳴とともにホールの天井から「がらがら」と音がする.窓の外を見ると大粒の「雹」が降っている.なんてトロピカルな.※トロピカルな地域で雹が降るものなのかどうか知らないが.単にメキシコシティーが高原地帯にあるせいかも.

◇代替の搭乗便が決まったのはハッピーなことだったが,困ったことにどこのゲートに行けば〈MX227〉便に乗れるのかがわからない.メヒカーナの窓口では「午後8時40分に“ゲートB”でお待ちください」と言われたのだが,「ゲートB」とは体育館のごとく巨大な「ホールB」にほかならなかった.その「ゲートB=ホールB」にもメヒカーナのブースがあったので再度確認してみたところ,出発前に搭乗ゲートの案内放送があるので,それにしたがって移動してほしいとのこと.要するに,直前にならないとゲートが確定しないということらしい.

 オリヴァー・サックス『オアハカ日誌:メキシコに広がるシダの楽園』(2004年2月29日刊行,早川書房[ナショナル・ジオグラフィック・ディレクションズ], ISBN:4-15-208547-9)は,ベニート・フアレス空港国内線での同様の体験について書いている:

「どのゲートから出発するんだろう?」みんなが口々にいう.「十番ゲートだよ」だれかが答える.「十番ゲートだっていわれたんだから」「いや,三番ゲートだろう」ほかのだれかがいう.「あそこのボードに書いてある.三番ゲートって」だが,五番ゲートだと聞いたひともいる.いまになってもまだゲートナンバーがはっきりしないとは,なんとも不可解だ.どのゲートナンバーもただの“噂”にすぎず,ぎりぎりになってくじ引きでもして決まるのだろうか.(p. 23)

 午後9時前になって,“くじ引き”の結果,〈MX227〉便は4番ゲートが搭乗口であることが確定した.ばたばたと国内線の突端にある4番ゲートまでかけこんで(だって離陸まで30分しかない),はぁはぁとオアハカ行きの〈MX227〉便に乗り込み,定刻離陸とあいなった.メキシコ・シティーの巨大な街並みを見下ろして(建物の光の点々が広大無辺に広がっていた),スペイン語の機内放送と,そこかしこでがんがんメキシカンな音楽と会話が飛び交い.先住民率がきわめて高い乗客の間で呆然としている自分を発見しつつ,約1時間の“平和”なフライトののち,オアハカ国際空港に無事に着陸した.国際空港とはいえ,みごとに「地方空港」という観がある.やっとここまでたどり着けたか.

 荷物が出てくるのを待っていたら,デンヴァーの Mark Simmons さんに会った.彼も Hennig XXV の参加者で,明日の大会初日に character sampling のシンポジウムをオーガナイズすることになっている.「マサキは元気にしているか?」と彼に尋ねられた(はいはい,Dr. ミヤは目利きのソムリエにして有能なシェフでもあるのですよん).また,ロンドンから飛んできた Alfried Vogler さんとも再会した.彼からは「テイジはどうしてる?」との質問(はいはい,Prof. ソタはネットワークにぐるぐる巻きに絡まってますよん).

◇夜遅い空港で出会ったこの3人でタクシーに乗り,30分ほどでホテル(&学会会場)である〈Hotel Misión de los Angeles〉に到着した(代金270ペソを割り勘).ほとんど日が変わる寸前にチェックインし,荷物を部屋まで運んでもらう.巨大な部屋で,独りで使うのはもったいないほど.ダブルベッドがふたつある.家族での使用も十分にできそうなほどのスペースに今夜から5泊することになる.

 真夜中の暗闇で足もとすらおぼつかないが,このホテルはとても広大な敷地にコロニアルな「離れ」が点々と建つつくりになっているようだ.リゾート的な長期滞在をするのに向いているのかもしれない.オアハカは街全体が世界遺産に登録されていることもあり,外国人観光客がとても多いと聞いている.学会大会に参加していれば,物見遊山はもともとできるわけがない(そんな時間はないぞ).しかし,それでもスキ間を縫っていろいろと見たり食べたりするというのも大きな愉しみではある.

◇しかし,明日のことなどはどーでもいいのだ.今日は欲も得もありまへん.寝よう寝よう.明日のことは明日考えよう.そうだそうだ.

◇本日の総歩数=2511歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].全コース×|×.朝△|昼○|夜×.前回比=未計測/未計測.


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